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アートバイタル通信

Vol.05 フェルメール

世界中で大人気! 泥棒にも大人気?
ヨハネス・フェルメール

フェルメールは17世紀、オランダの南にあるデルフトという街で生まれました。終生この街で、父親から受け継いだ宿屋を経営しながら絵を描くという生活を続けました。
世界的な人気を誇るフェルメールですが、意外にもその生涯に関する資料や記録はほとんど残されていません。わかっていることといえば子沢山だったとか、妻の母が裕福であったとか、技術にこだわりまくって絵を描いていたとか、最期はお金に苦労していたとか、そんなことくらい。まさに「謎多き画家」。

デルフト眺望  1665年頃
(マウリッツハイス美術館)
フェルメールが描いた風景画。のんびりとした雲の下に広がる静かな街並み。このころのデルフトは繁栄が終わり、産業が衰退し始めていた。

この世に残されたフェルメールの作品はわずか32点(36点という説も)。その大きさも片手で持てるほどの小ぶりなものがほとんどです。フェルメールはその小さな画面に当時最先端だったレンズ光学機を利用して被写体を描き写し、高価な絵の具をふんだんに使って色を塗りました。

真珠の耳飾りの少女 1665年頃
(マウリッツハイス美術館
北のモナ・リザと呼ばれている

『真珠の耳飾りの少女』で目を惹く青いターバン。当時、最も高価だったウルトラマリンブルーを使っています。ラピスラズリという宝石を砕いて作るこの青色は、純金と同じくらいの価値だったそう! サイズこそ小さいけれど、フェルメールの絵はとてもリッチで、まさに宝石のよう。
そんな希少性が飛び抜けて高いフェルメールの作品は過去に何度も泥棒に狙われ、盗まれています。

手紙を書く婦人と召使 1670-1671年
(アイルランド国立美術館)
ただならぬ出来事が起こったのか、一心不乱に手紙を描く女性。耳にはあの真珠の耳飾り

手紙を書く婦人と召使』は個人宅にあったためか2回も盗難にあいました。しかし警察の囮捜査により無事に保護されました。

恋文 1669-1670年
(アムステルダム国立美術館)

『恋文』は展覧会場を訪れた客の一人が、なんとナイフで切り取ってポケットに入れ、持ち去りました。犯人はほどなく逮捕されましたが、絵と引き換えに要求したのが「東パキスタン難民への義援金」だったとのこと。

ギター奏者 1672年
(ケンウッド・ハウス)

屋上から窓ガラスを割って室内に入った犯人に盗まれた『ギター奏者』。犯人はつかまっていないものの、絵は2ヶ月後、教会の墓地で無事に発見されました。幾度盗まれてもなんとか無事に戻ってきたこれらの作品。しかし、まだ行方知れずなのが『合奏』です。

合奏(所在不明)1664年頃

『合奏』は警官に扮して美術館に侵入した二人組により盗み出されました。事件が起こったその日はカトリック教徒の祝日。お祝いムードで美術館職員たちはほろ酔い、おかげで警備は隙だらけ。犯人はフェルメールの作品など約13点を颯爽と持ち出しました。犯人の身柄や犯行に関する情報に対して高額な懸賞金がかけられ、FBIも懸命な捜査を試みましたが全て空振り。ただでさえ、数が少ないフェルメールの作品。転売はほぼ不可能と言われています。どこかの倉庫でぐるぐる巻きにされながら保管されているのでしょうか、はたまた闇の市場でびっくりするほどの金額で取引されているのでしょうか。いつかひょっこり戻ってくることを祈るしかありません。

謎多き画家・フェルメールに少しでも近づこうと、これまで映画が何本か作られてきました。その中でも『フェルメールの謎・ティムの名画再現プロジェクト』はCGクリエイターのティム・ジェニソンが柔軟な発想力と凄まじい根気で、フェルメールの技法を解明するドキュメンタリー映画。納得の一本。興味のある方はぜひ!

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