電話 &#xno_icon; お問い 合わせ 公式LINE
アートバイタル通信

Vol.03 上村松園

過酷な人生支えた最愛の母

息を呑むほど美しい美人画で知られる上村松園。しかし、明治時代の画壇は男社会。女性である松園が画家として大成するまでの道のりは過酷なものでした。歯を食いしばって耐え抜く松園。その陰にはいつも叱咤激励し、支えてくれた最愛の母・仲子がいました。『母子』は、そんな仲子を偲んで描かれました。

母子 1934年
(東京国立近代美術館)

クリクリ頭がかわいらしい赤ん坊を抱く女性。慈愛に満ちた表情が、子どもを無事に産み終えた安堵感を、背後にある美しい模様の御簾からは、母としての自信を表しているかのようです。仲子は松園が生まれる前に夫を突然亡くしますが、女手一つでふたりの娘を育てました。

左:上村松園 右:松園の母・仲子

絵を描くのが大好きな松園の姿を見て、本格的に絵を習わせます。女性が画家になるなど考えもできなかった時代。周囲が嘲笑する中、仲子は松園を励まし続けました。
 若いころから多くの賞を受けた松園は21歳のとき、「絵筆一本で食べていく」と覚悟を決めます。右も左も男ばかりの画壇に飛び込んだ松園は、めきめきと腕を上げましたが、その才能に対する嫉妬や露骨な嫌がらせにも遭いました。しかし、松園は自身の作品を武器に修羅場を潜り抜け、画壇での立場を築き上げていきました。

焔 1918年
東京国立博物館

そんな松園は40代のころ、年下の男性との恋に破れ、辛く哀しい思いにさいなまれました。そんな負の感情に操られるかのように、描いた作品が『焔』です。光源氏への想いが届かず生き霊となった六条御息所がモデル。
 透けた足元、髪をはむ苦しそうな表情、打掛に描かれた藤の花に大きく張る蜘蛛の巣からは、女性の嫉妬心や怨念がひしひしと伝わってきます。表情の要となる目には、能面を作るときに使う技法をヒントに、裏側から 金を塗っています。

そんなこだわりが、妖しさと哀しみを一層掻き立てます。間違いなく、日本を代表する作品です。失恋がきっかけで国宝級の作品が生まれるなんて!!!画家としても、女性の心の強さを体現した人物としても、松園は日本が誇る作家の一人です。

関連記事

Vol.1 ルーベンス

Vol.2 アングル

Vol.4 レンブラント

RETURN TOP
011-200-0674 公式LINE