笑顔を描いた
フランス・ハルス
「やっぱり笑顔っていいよね」
この感覚に頷く人は多いはず。でも西洋では長い間、笑顔は「不謹慎であり軽薄」とされていました。その理由は、旧約聖書に笑顔を否定的に捉えた記述が何カ所も出てくるため。絵画の世界でも笑顔を描くことはタブーとされていました。

ショーン・コネリー主演
『薔薇の名前』1986
その「伝統」を軽やかに打ち破ったのが17世紀初頭にオランダ北部の街ハールレムで活躍した、お酒好きの画家フランス・ハルスです。

表向き、禁酒を勧めるための風俗画ということになっている
笑顔で右手を軽く上げている『陽気な酒飲み』。酒場で出会った男なのか、頬を赤く染め、トロンとした目は見るからに「楽しく酔ってまーす」といった感じです。

酒場に現れた流しの奏者でしょうか
『笑う少年』や『リュート奏者』など、ハルスは美術史の中で初めて自然な笑顔の絵を描きました。見ているこちらも自然と口角が上がってしまいそうな素敵な笑顔です。やっぱり笑顔はいい!

輝くような笑顔。生き生きとしています
ハルスが素敵な笑顔を描けた理由の一つは「めちゃくちゃ速く描けたから」。すました顔とは違い、笑顔は同じ表情を長い時間保てません。一瞬の表情を素早く捉え、キャンバスに落とし込む。飛び抜けて高い画力がなければできない技なのです。

バロック時代に描かれた肖像画中、もっとも素晴らしいといわれている
ウォレスコレクション
『微笑む騎士』に描かれている、豪華な衣装を身に纏った快活な男性はいまにも動き出しそうなほどビビッド。写真を超えるような鮮明さですが、よく見ると速い筆跡で描かれているのがわかります。

最低限の手数で一気に描き上げる。やっぱりハルスは天才だ! 後年、ゴッホはこの作品を見て「17色もの黒を使っている」と感動したとか。17色の黒を見分けたゴッホもすごい。

ハルスが多くの笑顔を描くことができたもう一つの理由は、当時のオランダは平和で豊かだったから。市民達が力を合わせ、自由を求めてスペインから独立を勝ち取りました。オランダの黄金時代と言われるこの頃は市民が主役の、笑顔あふれる街だったのです。人々はささやかであっても豊かさと自由を手に生活することができました。

しかし平和は長くは続かず、オランダは再び戦火に巻き込まれます。黄金時代は瞬く間に失われ、タブーから脱却した笑顔の絵画も再び封印されます。
「笑顔って平和の象徴だな」。ハルスの描く素敵な笑顔はそんな思いをあらためて強く感じさせてくれます。